ピ−タ−・ドラッカ−の神髄

薄紅梅 奥村土牛 画 1889−1990
薄紅梅 奥村土牛 画 1889−1990

●ドラッカ−学会代表・立命館大客員教授 上田 惇生 氏 38年生

最晩年の著作「経営者に贈る5つの質問」で、“組織はすべて人と社会をよりよいものにするために存在する”と述べています。ドラッカ−の経営思想の神髄です。

企業は何のためにあるのかと、常に問いかけていました。企業とは人々に生計の手段、社会とのきずな、そして自己実現の場を与える存在です。米国のビジネス誌に寄せた最後のメッセ−ジでも“経営者たる者、社会の公器として会社を考えよ”と呼びかけた。企業と企業人が尊敬される世の中であってほしい、というのが彼の希望です。

経営学の教科書には「企業の目的は利潤の極大化である」とありますが、そんなことを教えるからだめなんです。利益は、きょう事業を行い、明日さらにいい事業を行なうための条件です。それを目的のように言うから、社員が間違え、幹部が間違え、トップが間違える。金もうけがなぜ悪いと開き直ったり、派遣依存の体質が生まれたりする。企業の存在理由は世のため人のため、です。

「派遣切り」が問題になっていますが、彼は日本でこんなことが起こるとは夢にも思わなかったでしょう。働く人にそれぞれの能力を発揮してもらうという、本来の趣旨から外れた使い方をしてしまった。派遣労働者を大量に切らざるを得ないというのは、その産業が低い賃金コストでないと成立しない状態だったということです。成長しているつもりが実は肥大化だった。

ドラッカ−は次ぎのように言うでしょう。寮から出さなければ今すぐ会社がつぶれるほどなのですか、内部留保もないのですか、かっての日本企業の多くは再就職の世話をしていましたね。そして、社長には新入社員当時の気持ちを、創業者には創業当時の志を、思い出してほしい、と。

企業も自治体も、きめ細かく、こつこつと、あちこちで、いっぱい、対策を行なっていくことです。一人一人の面倒を見ていく。すでに始めている自治体や、非正規を正規として採用した会社も出てきました。当分はこうやってしのいでいくことです。ドラッカ−は日本社会のきずなにほれ込んでいました。今こそ再確認の好機です。

ドラッカ−が我々に忠告するのは、社会を壊すようなことはするな、重要なのは人であり社会なのだから、ということです。

※ピ−タ−・ドラッカ−
1909−2005 オ−ストリア生れ 経営学者・コンサルタント
経営、経済、社会、政治、哲学を論じ「知の巨人」と呼ばれた。「企業の社会的責任」「知識労働者」「民営化」「自己目標管理」などの概念を打ちだし、ビシネスの世界を中心に大きな影響を与えた。著書は「断絶の時代」「ポスト資本主義社会」「経営者の条件」など約40冊。日本でも400万部以上売れた。日本通として知られる。

上田惇生ホ−ムペ−ジへ

前の「記事」へ戻る 「ボグ交差点38」へ 次の「記事」へ進む

 全国ボウリング公認競技場協議会「トップページ」へ  「ボグ交差点・目次」へ