| ■8万枚の肉筆■
●8万枚の肉筆 画人 佐藤 勝彦 氏 かつひこは以前、8万枚の肉筆を描く仕事を引き受けたことがあった。やれると簡単に思ったのだが、案外やってみたら苦労の連続で、画いても画いても、これでいいのだろうか、こんなのでは絵とはいえないのじゃないかと自分で自分の作品んに自信がもてなかった。そうなると、絵を画くのが苦労になってしまう。 ところが、この仕事は季刊誌といえども定期に発行する雑誌だから、一旦引き受けた以上、途中でやめることができない。その部分を余白にして発行するわけにはいかない。かつひこはいやいやながらでも画かざるを得なかった。 8万枚を10ヵ月で割ると1日平均270枚程だ。1日休むと次ぎの日は550枚ほど画かねばならなくなる。かつひこは何回も何回もたとえそれが同じものになつたとしても画きつづけた。画くたびに自分と語らざるを得なかった自問自答の毎日だった。 しかし、不思議なことに、この何回も何回も画いていくことが、かつひこに光を与えてくれたのだった。「人間一度きりの人生を今生きてそのあかしとなる絵を画いているんだよ。どんなものができあがっても、すばらしいことではないのかね」とか、「人間いつ死ぬるともわからんじゃあないか。明日死んでしまうと思えば、今どんなことをしても尊いものになるよ」とか、「つらいつらいと思っていてもつらいと思えることでも生きて呼吸できているからじゃあないか。生きておれるということほど尊いことはないじゃあないか」とか、画きながら、かつひこは自分に語りかけた。 いつの間にか画いていることを忘れたかのようになっていた。むしろ、手を動かして何か画けているのかしらないが、自分と語るそのなんともいえない状況にむしろ気持ちよさを感じていた。天上天下にかつひこという一人がいてその人が画いたということは光なんだと思えてきた。忘れた頃に10万枚の紙がなくなっていた。 |