座禅とスポ−ツ

正眼寺で若い雲水とともに座禅を組む(右は梶浦老師)
正眼寺で若い雲水とともに座禅を組む(右は梶浦老師)

●球禅一味 プロ野球解説者 川上 哲治 氏 1920年生

私は、巨人軍における14年間の監督生活を「報恩感謝の精神」と「チ−ムプレ−」でつらぬいた。この2つの信条によって、本当の意味のプロ野球チ−ム、巨人軍をつくり上げ、V9を達成することができたのである。

昭和33年に、現役を引退するにあたって、当時の読売新聞社社主、正力松太郎氏にすすめられて、岐阜県美濃加茂市の正眼寺(しょうげんじ)を訪ね、梶浦逸外老師に相見し、参禅をはじめた。以来、毎年12月に正眼寺の冬至大摂心に参加し、梶浦老師のご指導をうけてきたが、33年のはじめての参禅で、老師から、禅とはいかなるものかということを教えていだいたのが、のちのV9達成の根本になったと信じている。

現役時代の私は、いかにして打つかに精魂を傾けて精進した。その結果、昭和25年の9月には、投手の球をポイントで止めて打つコツを体得することができたし、32年まで、4番打者という栄光の座に坐り続けることができたのである。

しかし、はじめて参禅したとき、梶浦老師から教え示していただいて、私の目からウロコが落ちたのだった。

現役時代の私は、技術に対する工夫は人一倍してきたが、自分以外の人たちの働きについてまで関連づけて考えたことはなかった。しかし参禅して、自分自身を外から見ることと、人からいかに恩恵をうけているかということを教えていただいたおかげで、私の考え方は変わった。

野球は一人ではできない。3割を打った、首位打者になったといっても、その裏には、一緒にプレ−しているチ−ムメ−トや、いつも応援してくださるファンといった社会の恩恵がある。それによって、はじめて自分の成績が上がってきたということがわかれば、今までは、お金のために成績を上げようと努力したものが、今度は、自分以外の人たちの恩恵にこたえるため、お返しをするために努力するようになる。

こうした観点に立って考えると、個人の技が全体につながっているということに思い当たり、次に、野球という職業を通じて、社会とともに歩み、世のため、人のために働くというように視野が広まっていくのである。

お互いに恩恵を感じ合って、勝つという共通の目的達成のために努力しょうという考え方が、巨人軍のチ−ムプレ−の原点である。

このように、禅の根本的な考え方の上に野球をのせて、野球と禅の一体化のなかでチ−ムを運営したのは、長いプロ野球史のなかで、私が最初である。

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