●サトウハチロ−さんに褒められた●
●サトウハチロ−さんに褒められた 花園大学教授 佐々木 閑 氏 小さい頃、よく詩を書いていた。ある時それがサトウハチロ−さんの目にとまって褒められた。サトウさんは、「りんごの唄」や「ちいさい秋みつけた」のような、日だまりの温かさで人の心をふわりとくるむ優しい詩をたくさん書いた人だ。そんな偉い詩人が、私の詩を、「ここにこういう言葉を使っているところがいい」と、きちんと理を通して評価してくださった。40年以上前のことだが、思い出すと、今でも嬉しさが心に溢れる。 詩の才能など、もうすっかり消えてしまったけれど、それでも、立派な人に認めてもらったという自信がっずっと私の支えになっている。「偉いね」「うまいね」とぼんやり褒められるのではなく、自分の気付かなかった長所を、理にかなった言葉で見いだしてもらう時、人は一生涯続くほどの喜びを感じるものなのだ。 釈迦は、大勢いた弟子の、一人一人の特性をしっかりと見極め、性格に応じた効率のよい修行方法を指導していた。たとえばチュ−ラパンタカというお弟子さん。記憶力が悪く何も覚えられない。修行しても全然だめ。本人もがっくり気落ちしている時、釈迦は、「無理して覚えなくてもいい。お前には別の道がある」といって、日々の掃除を勧める。言われたとおり、毎日毎日掃除をしているうち、次第に心が澄んできて、とうとう悟りを開いてしまった。融通のきかない、言われたことしかできないチュ−ラパンタカだからこそ、せっせと掃除に励むことで悟ることができる。釈迦の慈愛の目がそれを見抜いたのである。 最近はいろいろな場面でコンピュ−タ−が幅をきかせているが、コンピュ−タ−は温かい心で人を導くことができない。いくら文明が進んでも、人を育て、生きる後押しをするのは、豊かな経験を積んだ先人の、温かく深みのあるまなざしだ。子供の頃、サトウハチロ−さんからもらった温かい思いは、釈迦が弟子を育てる「慈悲の心」につながっていたのだと、今になってそのありがたさが身にしみる。 |