日本の貧困と世界の貧困

チ−タ−の母子
チ−タ−の母子

●日本の貧困・世界の貧困 作家 曽野 綾子 氏

日本でも最近、貧困が取りざたされるようになった。しかし、私はいつも違和感を覚えずにはいられない。長年、アフリカやインドで見てきた貧困の実態と、日本のそれとはあまりに差があるからだ。

「貧困とは、その日、食べるものがない状態」と私は定義している。日本には世界レベルでいう貧困な人は一人もいない。コンビニに食品があふれ、生活保護が受けられれば、職が見つかれば食べられる、という状態は真の貧困とは呼ばない。本人だけでなく親類中、あるいは村中どこを探しても食べる物がない状況が世界レベルの貧困だ。

アフリカではエイズとわかった子供には親は食事をやらない場合がある。元気な子にも十分与えられないのに、助からない子に回す分はないと考える。難産の妊婦がいても電話がなく、救急の組織もない。たとえ救急車を呼べる国でも速度の出せない悪路を走るため、病院に着く前に絶命するけが人は多い。

地球上には、解決不能な貧困と飢餓を抱えた地域が山とある。それに比べ日本の貧困は解決可能だ。現状は適切な対策が講じられていないのであり、絶望することはない。

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